ルールと対話のファシリテーション

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ルールと対話のファシリテーション

より良いチームになるために重要なのは、「自分たちのルールを自分たちで作り、アップデートし続ける」というメタルール、あるいは規範を育てることではないだろうか。環境も自分たちも変わり続ける以上、ルールもまた変わり続ける必要がある。

振り返りでルールを可視化する

このメタルールを育てるために、私たちのチームではスプリントの振り返りを活用している。レトロスペクティブで課題が立ち上がったら、それをルール化できないか検討する習慣ができてきた。

振り返りのテンプレートに「チームのルール」という項目を用意しておくと良い。スプリントの中で感じたモヤモヤを場に出し、チームの課題として名前をつけ、ルール化してみる。大切なのは「とりあえずやってみる」精神だ。うまくいかなければ、後で変えればいい。

ルールの自分ごと化を妨げる障壁

ただし、ルールを自分ごと化することには障壁がある。

ルールが与えられるものになっている。 トップダウンで決められたルールや、関係性のない人が作ったルールは、確認するコストが大きい。なぜそのルールがあるのか、背景を知らないまま守らなければいけないものになってしまう。

ルールが暗黙的で理解できない。 明文化されていないルールは、理解しようとしても諦めてしまいがちだ。あるいは明文化されていても、なぜそうなのか、どこまでがOKでどこまでがNGなのかという背景や解釈が無限にあり、複雑すぎる場合もある。

こうした状態では、ルールは「他人事」になってしまう。

障壁を越えるために

では、どう障壁を越えられるだろうか。

ルールを破ってみる。 ルールは違反した時に現れる。暗黙的なルールは、破ってみることで初めて可視化される。「ああ、ここにこういうルールがあったのか」と気づく。

乱暴なアプローチではあるが、理解できないまま諦めるよりは良いと私は思う。理解できないルールは変えられない。しかし理解できるルールは問い直しができる。「このルール、今の状況に合っているだろうか?」と。ルールを破ってみることは、ルールを理解し、問い直すきっかけになる。

共通のルールを明文化する。 暗黙的なルールを言葉にして外化する。頭の中にあるものを外に出し、チーム全体で共有できる形にする。この外化のプロセスを通じて、なぜそのルールがあるのか、どんな前提で成り立っているのかが明らかになる。明文化することで、前提の問い直しや内省が促されるのではないだろうか。

共通の文化を育てる。 職能が違うと文脈や背景も異なる。同じルールでも、エンジニアとデザイナーでは全く違う意味を持っていることもある。意図せずに多数派のルールに支配されることもあるだろう。

だからこそ、組織の中で共通の文化・文脈を作ることが重要になる。書籍や外部の勉強会で学んだ知識を、自分たちのチームで実践してみる。一緒に振り返る。その中から、違和感をもとに、うまくいくルールを見つけていく。このサイクルが回ることで、チームの学習が進み、習慣が作られ、共通の文化になっていく。その文化に立脚したルールには、皆が参加しやすく、自分ごと化しやすくなるのではないだろうか。

対話とファシリテーションの重要性

これらすべてに共通するのは、対話的な文化とファシリテーションのスキルが必要だということだ。ルールを破ることも、明文化することも、共通の文化を育てることも、チームメンバー同士の対話なしには成り立たない。モヤモヤを場に出し、建設的な議論をし、合意形成をする。そのプロセスを支えるファシリテーションが、ルールの自分ごと化を促進する。

自分たちのルールを自分たちで作り、アップデートし続ける。そのメタルール、あるいは規範を持つチームは、外部から与えられた最適解に依存するのではなく、自分たちなりの最適解を探し続けることができる。それが、より良いチームになるために重要なのではないか。