先週、Claude Codeと多くの時間を過ごしてコーディングをしていた。おおまかな設計や方向性を決めた後は、計画立案、実装、デバッグ、テスト、リファクタリングのほとんどをAIエージェントと一緒に進める。自分の役割は合間でのコードレビューと次の方向性を考えることに集約されていく。
しかし、AIエージェントとの協働で興味深い問題が浮上した。例えば「○○をコミットして」と依頼したとき、人なら暗黙的に理解できる様々な作業がある。コメントをどう書くか?関連ドキュメントの修正は一緒に行うか?lintやtestは実行するか?1から10まで説明しなくても通じる部分があるのだ。
ところがAIエージェントは、チーム特有の暗黙的なコミットルールについては知らないため、一般的な知識をもとに作業を進める。まるで中途入社の人が初めてコードを触るときのような状況だ。「コミット」という言葉一つとっても、チームによって意味が大きく異なる。この暗黙知こそが、実際のタスク遂行には最も重要な情報となることが多い。
AIに説明をいちいちするのが面倒で大変だと感じる自分がいる。「コミットで通じてくれよ」と思いつつ、自分の説明不足に気づけないか、気づけたとしても伝えるのが面倒だと感じてしまう。
さらに別の問題もある。Claude Codeと自分の間では会話の履歴が蓄積されるが、ちょうどリリースされたGemini CLIも試してみようと他のエージェントに作業を依頼すると、Claude Codeと同じミスをしたり、また一から説明しないといけない状況が起きる。これは、ペアプロや1on1の閉じた環境で会話して実装したため、他のメンバーがその経緯について知らない状態に似ている。まさに我々がADR(Architecture Decision Record)を書く理由と同じ構造の問題だ。
この圧倒的な効率化を体験しながら、ひとつの疑問が浮かんできた。これからのエンジニアは、組織から何を評価されるべきなのだろうか?
開発プロセスの変化と組織への影響
AIエージェントの支援により、エンジニアリングにおける課題分解と仕組みの再構成が劇的に効率化される。シンプルなシステムや小規模なプロダクトであれば、1人の人とエージェントの組み合わせで、以前なら数名が必要だった作業を完結できるようになりそうだ。
では、AIエージェントの支援により個々の作業が効率化されると、組織にどのような影響があるだろうか?
複数人でのチーム開発を考えてみよう。例えば8名のエンジニアが必要だったチームを3名で運営する場合を想像してほしい。ただし、これは単純な人員削減ではない。実際には3名の人間に加え、それぞれが複数のAIエージェントと協働する。実質的には「人間3名+AIエージェント6名」のような体制で稼働することになる。
さらに進むと、一部のマイクロサービスはAIエージェントに完全にお任せすることも可能になるだろう。例えば、積極的に機能追加をしない、メンテナンスモードになっているサービスなどは、適切にルール化されていれば人間の介入なしに運用できる可能性がある。
この変化の中で、人間に残される仕事は明確になってきた。レビューと抽象的な意思決定である。AIが効率的にコードを生成する一方で、そのコードが適切か、方向性が正しいか、チーム全体の整合性が取れているかを判断するのは、依然として人間の領域だ。
組織評価の転換点:暗黙知の可視化が鍵
Engineering Managerとして、チーム貢献度の評価に頭を悩ませることがよくあった。GitHub上での貢献度は分かりやすい指標だが、そのままチームへの真の貢献度になるわけではない。コミット数や追加行数では測れない価値がある。
さらに今後は、AIエージェントの活用により、貢献の形そのものが変化していくのではないだろうか?表面的な生産性(コードの行数や機能の実装速度)だけでは測れない価値が、ますます重要になってくる。では何が評価されるべきなのか?
私は、暗黙知を形式知化する能力こそが、新たな評価の中心になると考えている。
GitHub上のコーディング規約や設計ルール、規範のドキュメントの更新は、ウォッチ可能なデータとして重要な意味を持つ。何でも変えれば良いというものではないが、少なくともルールが見直されていること、そしてそこに関与していることは、チームの健全性を示す重要な指標になる。
AI時代における最も重要な気づきは、暗黙知の可視化の価値だ。先ほどのClaude Codeの例で言えば、「コミット」という言葉の定義をカスタムコマンドとして明文化することで、AIでも誰でも実行可能なものにできる。これはまさに、ペアプロや1on1で生まれた暗黙知をチームに開いたりADRとして文書化することと同じ構造だ。
AIエージェント間で知識が継承されない問題は、人間のチームでも長年続いている課題の延長線上にある。重要なのは、カスタムコマンドやルール、ADRなどを、作業する可能性のある人やエージェントが参照できるところで管理することだ。
AI時代の新しい評価軸は、個人のコーディング速度や技術力から、チームの暗黙知を可視化し、参照可能にする能力へと移行していくのではないだろうか。
具体的には、以下のような指標が重要になる:
- 設計思想の明文化とアップデート頻度
- コミットメッセージルールの改善
- テスト方針の継続的見直し
- 組織的制約の柔軟な調整
これらのルールは固定的なものではなく、変化し続けるべきものだ。しかし、AIは過去のデータしか参照しないため、過去のルールや規範に捉われる可能性がある。だからこそ、コードだけでなくルールもしっかりリファクタリングしていく姿勢が重要になる。
感情こそがAIにできない人間の仕事
ここで重要なのは、ルールを改善するきっかけは何かということだ。
コードに向かっているとき、私たちは様々な感情を感じる:
- 「読みにくいな」という苛立ち
- 「後で困りそうな気がする」という不安
- 「当たり前ができていない」という悲しみ
- 「AIに説明するのが面倒だ」という苛立ち
最後の感情は特に興味深い。「コミットで通じてくれよ」と思いつつ、自分の説明不足に気づけない、あるいは気づけても伝えるのが面倒だと感じる。この感情こそが、現在のチームの暗黙知が適切に可視化されていないことを示すシグナルなのだ。
これらの感情こそが、現在のルールや規範に対する違和感のシグナルなのだ。AIは効率的にコードを生成し、既存のルールに従うことはできる。しかし、そのルール自体に対して「なんかおかしい」と感じることはできない。感情を持つからこそ違和感を感じることができる—これはAIに任せられない、人間固有の価値である。
現場エンジニアへのメッセージ:新しいメンタルモデルを持とう
現場で働くエンジニアの皆さんに伝えたいのは、AIで生産性が爆上がりする中で、私たちのメンタルモデルそのものを転換する必要があるということだ。
これからのエンジニアリングでは、**「AIエージェントにより自律的になってもらう」**という視点を持つことが重要になる。AIエージェントが自律的になると、簡単な指示でより長く働いてもらえるようになる。その間に他のタスクをする余裕が生まれ、良いサイクルが作れるようになる。他のエージェントに別の仕事を依頼することもできるし、方向性を考えたり意思決定に時間を使うこともできる。
そのために欠かせないのが、暗黙知の形式知化・ルール/規範の言語化とそのアップデートだ。
Claude CodeやGemini CLIのようなAIエージェントは、適切にルール化され、カスタムコマンドが整備されていれば、驚くほど自律的に動いてくれる。逆に言えば、暗黙知のまま放置されたタスクは、毎回同じ説明を求められ、効率化の恩恵を受けにくい。
人の仕事の価値は、暗黙知の形式知化やルール/規範のアップデートにこそある。
ここで重要なのは、エンジニアとしての喜びの源泉を何に接続するかである。コードをたくさん産むことで満足するのではなく、より良い知を生み出したり、より良いルール/規範にアップデートできたこと、それらを続けられていることに対して楽しみや喜びを感じられるようになってほしい。
「今日はたくさんコードを書いた」よりも「今日はチームの暗黙知を一つ形式知化できた」「カスタムコマンドを改良してAIエージェントがより自律的になった」「ルールをアップデートしてチーム全体の効率が上がった」といったことに価値を見出す。
これは単なる技術的な話ではない。エンジニアとしてのアイデンティティの変化を意味している。AIが大量のコードを生成できる時代において、私たちの専門性は「コードを書く技術」から「知識を整理し、ルールを設計し、継続的に改善していく技術」への比重が高まっていく。
チームのかたちが変わりつつある今、私たちエンジニア自身も新しい価値の創出方法を見つけていく必要がある。そして組織も、エンジニアに対する評価をそのように変えていくべきだと思います。
