前回の記事「耕すことと育てること」で、効率化は土壌を耕す行為であり、それ自体が目的化すると何も育たない庭になるということを書きました。では、自分は何を育てたいのか。エンジニア採用の募集要項を書く中で、自分がやろうとしていることを改めて言語化する必要がありました。その過程で見えてきたことを書いてみます。
知の循環とは何か
私たちが作りたいのは、知が循環するシステムです。
ここでいう「循環」は、情報が整理されて検索できる状態を指しているのではありません。知は「生み出す」というより「編み直す」ものだと思います。たとえば、組織変革の現場で「対話の場をどう設計するか」についての知見は、ゼロから発明されたわけではなく、書籍や他の実践者の経験を参照しながら、自分たちの状況に合わせて形にしたものです。そしてその知見が言語化され、別の組織で別の課題に取り組んでいる人に届いたとき、その人もまた自分の状況に合わせて編み直す。この一つひとつの編み直しが二次創作であり、それが連なっていくことが循環です。
コンテクストがなければ知は循環しない
では、この二次創作を可能にするものは何か。私はコンテクスト——課題背景や課題状況——だと考えています。
フレームワーク単体は「型」です。汎用的に抽象化されているからこそ再利用しやすい反面、それだけでは「なぜこの型が有効なのか」がわかりません。どんな課題背景があり、どういう状況で生まれたのか。その情報が一緒にあることで初めて、「自分の状況と似ているな、でもここは違うからこう変えよう」という判断ができます。コンテクストが失われた知は、型の再利用にしか使えません。
今はディープリサーチのようなツールで外部の知を大量に引っ張ってくることができます。だからこそ、情報を蓄積・検索できるだけでは差にならない。自分たちの状況に転用できる形で知が存在しているかどうかが重要になります。これはデータベースやシステムの設計だけで解決できる問題ではなく、個人が自分の状況を振り返るリフレクションや、知を開いて共有する組織文化も合わせて必要になります。
ファシリテーションとナレッジマネジメント
コンテクストは自然に生まれるものではありません。人が集まり、対話し、問いを共有し、自分たちの状況を言語化する過程で生まれます。ファシリテーションは、まさにその過程を支援する技術です。
前回の記事の言葉を借りれば、ファシリテーションは「耕す」行為に当たります。対話の場を整え、問いを設計し、参加者が考えを出せる土壌をつくる。その土壌の上で「育つ」のが共同探究——一人では到達できなかった知や気づきが生まれるプロセスです。ファシリテーションは目的ではなく、共同探究のための土壌です。
この構造をナレッジマネジメントに当てはめると、ファシリテーションによってコンテクストが生まれ、そのコンテクストとともにナレッジが蓄積される。コンテクストを伴ったナレッジだからこそ、別の文脈を持つ人に届いたときに二次創作が生まれる。知の循環が成立するには、その起点にコンテクストを生む力が必要です。
私が所属するMIMIGURIは、人と組織の創造性の土壌を耕すことをミッションに、組織開発や組織変革の領域でコンサルティングやプロダクト開発を行っています。特にファシリテーションや共同探究に関する実践知の蓄積に強みがあり、現場でどんな状況があり、どんな問いがあり、どんな対話を経てその知見が生まれたかという情報がナレッジに自然と付随しています。この環境は、知の循環を探究するための恵まれた土壌だと考えています。
そして、ファシリテーションや共同探究の知を外部に届けることと、知の循環を広げることは地続きです。これらの知見が他の組織に届けば、その組織でもコンテクストを生む力が育まれ、知が循環し始める可能性があります。
知が循環する仕組みをつくる
以前「プロダクトを作ることはシステムに加担すること」という記事で、技術力を「システムを変える力」として捉え直すことを書きました。あの記事を書いたときは、まだ自分がどのシステムに加担したいのかが明確ではありませんでした。今は、それが「知が循環するシステム」だと言えるようになりました。
ナレッジが蓄積され、コンテクストとともに構造化され、必要な人に届き、二次創作が生まれ、その成果がまた蓄積される。この循環を技術で支える仕組みを作ること。それが、私がエンジニアとしてやりたいことです。
一緒に探究する仲間を募集中
この仕組みを一緒につくるバックエンドエンジニアを募集しています。人と組織のポテンシャルを拡張するためのナレッジマネジメントとその基盤づくりに関心のある方はカジュアル面談でお話ししましょう。
