創る活動とルールの問い直し

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創る活動とルールの問い直し

先日、「ワークショップにおいて『創る活動』が重視される理由」というレポートを執筆しました。ワークショップにおける学習目標を3つ(高次学習型、内省型、創発型)に分類し、それぞれで創る活動がどう機能するかを学習理論の観点から整理しましたが、個人視点からの考察が不足していたため、私自身がなぜ創る活動が重要だと考えるのかを考察します。

ワークショップにおいて『創る活動』が重視される理由.pdf

自分のとらわれに気づく

創る活動は、日常で獲得した能力やバイアスを外化し、内省を促します。

創る活動の構造は、既存ルール(制約・お題)× 自分のバイアス → アウトプットと表現できます。作品を作る過程で「何を強調するか」「どう構成するか」といった無数の判断をします。この判断の連続が、自分のバイアス(ものの見方)を「使わざるを得ない」状態を作ります。

思考だけでは内部に留まるものが、作品として外部化されます。自分の作品と他者の作品を比較することで、違いが際立ちます。

ここで重要なのが非日常の共通コンテキストです。異なる日常を持つ人々が、共通の新しいルール(同じお題、制約)の下で創ります。すると各自のバイアスの違いが際立ち、「なぜあの人はああ見るのか?」という驚きが生まれ、「では、私はどう見ているのか?」という問いが生まれます。

普段、自分のバイアスは「当たり前」として意識されません。しかし他者の異なるバイアスに触れることで、自分を縛っている前提が見えてきます。

同様に、新しい制約に身を置くことで、自分の未知の能力に気づくこともあります。新しい制約によって普段使わない方法を「使わざるを得ない」状態になると、「意外とできる」という発見が生まれます。例えば、普段言葉中心の人が「絵で表現する」というルールに出会うと、視覚的に考える能力があることに気づきます。

創る活動は、無意識に使っているバイアスと、まだ見ぬ可能性の両方を観察可能にする装置なのです。

ルールを相対化する

創る活動は、非日常という日常とは異なるルールに身を置くことで、日常のルールに対する問い直しを促します。

ワークショップでは、普段とは異なるルールや制約が与えられます。例えば、普段は「言葉で説明する」が当たり前だったのに、「絵で表現する」というルールに出会います。すると「言葉で説明する」という日常のルールは一つの選択肢に過ぎないと気づきます。

重要なのは、非日常のルールと日常のルールの対比です。対比があって初めて、日常のルールが相対化されます。異なるルールを体験して初めて、普段のルールが見えてきます。

さらに、ルールや制約にはできないことをできるようにする力があります。例えば、対面では発言できない人がテキストなら表現できる。コミュニケーションが苦手でもゲームというルールがあれば協働できます。

この体験は二重の気づきを生みます。

一つ目は、自分の能力への再認識です。「できない」と思っていたのは、能力がないからではなく、環境やルールの問題だったかもしれません。例えば、視覚的表現は得意なのに、言葉中心の職場で機会がなかっただけかもしれません。非日常のルールでそれが発揮できると、自分の能力を再確認できます。

二つ目は、日常のルールへの問い直しです。日常のルールが能力を抑制していたことに気づきます。「このルールは絶対だ」という固定的な認識が相対化されます。そのルールは変えられるかもしれない、より良いルールにアップデートできるかもしれない、という可能性が開かれます。

まとめ

私が創る活動を重要視するのは、自分のとらわれに気づき、ルールを問い直すことができるからです。

日常で獲得した能力やバイアスを外化することで、自分を縛っている前提が見えてきます。同時に、非日常のルールに身を置くことで、日常のルールが相対化されます。変えられないと思っていたルールが、実は変えられることに気づきます。

私は「ルールは与えられるものではなく、変えられるもの」という考え方を大事にしています。創る活動は、ルール/制約に対する問い直しを起こし、それを日常に持ち帰って一緒にルールをアップデートすることを可能にすると考えます。